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ヨハン (ザクセン選帝侯) : ウィキペディア日本語版 | ヨハン (ザクセン選帝侯)
ヨハン(Johann, 1468年6月30日 - 1532年8月16日)は、ザクセン選帝侯(在位:1525年 - 1532年)。不変公(ドイツ語:''der Beständige'')と呼ばれる。ザクセン選帝侯エルンストの四男。 1468年にマイセンで、エルンストとその妃であったバイエルン公アルブレヒト3世の公女エリーザベト(1443年 - 1486年)の第5子として生まれた。マルティン・ルターの庇護者として名高い兄フリードリヒ3世(賢明公)には正妻がいなかったため、1525年に兄が死去すると選帝侯位を嗣いだ。渾名「不変公」が示すとおり、ヨハンは兄が採った宗教改革への支持を継続した。1527年にルター派をザクセンの国教会に定めたほか、1531年には長男ヨハン・フリードリヒがヘッセン方伯フィリップ1世(寛大伯)らとともにシュマルカルデン同盟を結成している。 ヨハンは1532年8月16日にヴィッテンベルクのシュヴァイニッツ城で死去し、ヴィッテンベルク城教会に葬られている。 1500年3月1日に結婚した最初の妃ゾフィー(1481年 - 1503年、メクレンブルク=シュヴェーリン公マグヌス2世の娘)との間にヨハン・フリードリヒが、1513年11月13日に結婚した2番目の妃マルガレーテ(1494年 - 1521年、アンハルト=ツェルプスト侯ヴァルデマール6世の娘)との間にヨハン・エルンストらがおり、長子ヨハン・フリードリヒが選帝侯位を嗣いだ。
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